お問い合わせ

お問い合わせはこちら

news

《白鳥の歌》— レルシュタープとハイネ —

 「声が、少しずつ世界から離れていく瞬間」

《白鳥の歌》という題名から、「シューベルトの遺作」「最後の想いが詰まった歌曲集」、そんなイメージを持たれている方も多いと思います。けれど実は、《白鳥の歌》はシューベルト自身がまとめた歌曲集ではありません。彼の死後、友人や出版社によって編まれた、複数の詩人による歌曲の集まりです。ではなぜ、これほど特別な存在として聴かれ続けているのでしょうか。それは、この作品群の中に、「声が、少しずつ世界から離れていく瞬間」が、刻まれているからだと思います。《冬の旅》では、主人公は歩き続けます。まだ外の世界と接触している。しかし《白鳥の歌》では、声は立ち止まり、内側へ、内側へと沈んでいく。愛、記憶、孤独、幻影──それらはもはや誰かに届く言葉ではなく、自分自身にしか届かない声になっていく。《白鳥の歌》は、「終わりの音楽」ではなく、“声が変質していく過程そのもの”なのかもしれません。

《白鳥の歌》に含まれる歌曲は、主に二人の詩人の言葉によって書かれています。一人は レルシュタープ。もう一人は ハイネです

ルートヴィヒ・レルシュタープ(Ludwig Rellstab)の特徴

レルシュタープの詩は、風景・旅・夜・水・距離といった“外的世界”を軸に展開します。感情は自然の中に投影され、まだ社会とつながった主体が保たれています。「語りかける声」「誰かに届くことを前提とした感情」です。表現されるのは「愛」であり、「希望」です。シューベルトの音楽は、レルシュタープの詩に歌いやすい旋律フォルテピアノと“対話”する構造で対応します。声がまだ世界に開いているリートとしての「美しさ」「親密さ」「歌心」が前面に出ます。


ハインリヒ・ハイネ(Heinrich Heine)の特徴

ハイネの詩は、皮肉・断絶・自己分裂・幻覚に満ちています。愛はすでに壊れており、世界は信頼できない。ここでは自然は慰めにならず、心の内部深層が舞台になります。ハイネは、近代以降の孤独な人間の声です。シューベルトの音楽は、ハイネの詩に対して、旋律の美しさを削ぎおとし、不安定な和声でピアノを“心理描写装置”として使います。結果、歌は語ることを拒み、呻きに近づく。とりわけ《影法師》では、声はもはや世界と対話していません。自分自身の残像と向き合っているだけです。


《白鳥の歌》で何が起きているのか

《白鳥の歌》は死後に編集された結果、外へ向かう“まだ歌える世界”のレルシュタープ → 内へ崩壊する“もう歌えない世界”のハイネという、人間の精神の軌道が偶然にも生まれました。この対比を知った瞬間、《白鳥の歌》は「美しい歌曲集」ではなく、人間の終章として聴こえ始めます。

公演詳細・チケット購入はこちらから ⇒  水戸芸術館(4月5日) 東京・春・音楽祭(4月7日)

                     台湾公演 (4月12日、14日16日