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10代の終わり頃だったある日のこと、近所の小さなサロンで行われた演奏会。そこに現れたのは、聴衆と同じ会場スリッパを履き、その立ち振る舞いにもどこか親しみを感じさせるヴィレム・ブロンズ氏だった。その日のプログラムのメインは、シューベルト最期のピアノソナタ第21番。この作品を生で聴いたのは初めてだったが、悠久を感じさせる時への憧れ、諦めまでも慈しむような飾らぬ自然体の音楽にすっかり魅せられてしまった。作曲家の言葉を届ける使者によって、それまで解錠に苦労していたシューベルトへの扉がすーっと開かれ、その声が聴こえたような感覚だった。長い歳月を経て、今では私自身のライフワークとなったシューベルトとの出会いを導いていただいたブロンズ氏には、心からの感謝と尊敬の念を抱き続けている。ハイドンの美しい変奏曲に始まり、ベートーヴェン最期のピアノソナタ第32番op.111、シューベルト最期のピアノソナタ第21番D.960という、ピアノソナタの金字塔が並ぶ今回のリサイタル。巨匠達の魂を私たちの心に刻んでくれるに違いない。 田部京子
photo©Akira Muto